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東京地方裁判所八王子支部 昭和59年(ワ)1857号 判決

原告 斉藤好夫

右訴訟代理人弁護士 成瀬聰

被告 日動警備保障株式会社

右代表者代表取締役 伊奈信一

主文

一  被告は原告に対し金七万七〇〇〇円及びこれに対する昭和六〇年一月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一四分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

事実

第一双方の求める裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金一一七万六〇〇〇円及びこれに対する昭和六〇年一月一五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

原告の訴えを却下する。訴訟費用は原告の負担とする。

第二双方の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和五六年三月一三日午後零時五〇分頃、保谷市泉町四丁目三番地先交差点で、自家用普通貨物自動車を運転進行中、右方向から進行してきた訴外清水利恵運転の自転車と接触し、同人に傷害を与えた(以下「本件事故」という。)。

2  右事故は、右当時右交差点において訴外関東電気工事及び日東道路株式会社が施工していた電気工事について、両社の依頼で車両等の整理、誘導業務に従事していた被告の従業員某が対面信号が赤信号のため一旦停止していた原告に対し、周囲の安全確認を十分に行なわないまま前進するように合図誘導をしたので、原告が右誘導に従い進行したところ、本件事故に至ったものである。

3  したがって、本件事故は、被告従業員による過誤誘導によって発生したものであるところ、原告は、本件事故について、業務上過失傷害の被疑者として田無警察署及び東京地方検察庁八王子支部において取調べを受け、そのため次の損害を受けた。

(一) 休業損害  金六七万六〇〇〇円

原告は、本件事故当時、従業員四名を使用し、ガス等配管及び土木事業を営んでいたが、本件事故のため、被害者の見舞で四日、警察の現場検証の立会で二日、警察及び検察庁の取調で五日、都公安委員会における聴聞会出席で二日、合計一三日間休業した。原告は、本件事故当時日収二万円を得ており、かつ、従業員一人当り金八〇〇〇円の日給を支払っていたが、原告が休業したときには従業員も休まざるを得ず、その場合でも日給を支払わねばならなかった。したがって、原告は、本件事故による休業のため、自己が失なった収入と従業員に支払った日給の合計金六七万六〇〇〇円の損害を受けた。

(二) 慰謝料       金五〇万円

原告は、被告従業員の過失によって発生した本件事故の加害者の立場に置かれ、かつまた業務上過失傷害被疑事件の被疑者の地位に置かれ、大きな精神的苦痛を受けた。その慰謝料として金五〇万円が相当である。

4  原告の右損害は、被告従業員がその業務執行中において過失により原告に与えたものであるから、被告は、民法七一五条に従い、原告に対し、右損害を賠償する義務がある。

5  よって、原告は被告に対し、前記損害合計金一一七万六〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一月一五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

二  答弁

1  請求原因1のうち原告と清水利恵との間で交通事故が発生したことは認め、その余は不知

2  同2以下は争う。原告は中村産業所有のダンプカーで土を運ぶ仕事に従事する日当一万二〇〇〇円の日雇労務者である。また原告が主張する休業日数一三日は、まる一日一般作業員としての仕事ができないわけではなく、少なくとも半日は仕事ができるはずである。更にまた原告が清水利恵を見舞った事実はない。

三  抗弁

1  原告は、交差点に入る際、自ら徐行しながら前方、左右の安全を確認して交差点に進入すべきであるのに、被告従業員が合図をしたからといってなんらの安全確認もせずに、前方不注意のまま、徐行せず、毎時二〇キロメートルの速度で進行し、その結果発生した本件事故について過失がある。

2  原告の本件請求は、本件事故発生後三年を経過しているから、時効により消滅している。

四  答弁

1  抗弁1は争う。本件事故は、「人もしくは車両の雑踏する場所の通行に危険ある場所における負傷等の事故の発生を警戒し、防止する仕事」に従事する被告従業員が北方向から自転車が進行中であることを見落し漫然と原告に対し進行するよう指示した過失によるものである。

2  抗弁2は争う。

五  再抗弁

原告の本件請求は、原告が本件事故の被疑者として取調べを受けたこと等による休業損害及び慰謝料を求めるものであるが、原告が昭和五六年七月一五日不起訴処分になったことを知ったのが同年一一月頃であるところ、原告は被告に対し、昭和五九年六月八日武蔵野簡易裁判所に本件請求の調停申立てをなし、同年一二月一二日不調となったので、同月二六日本訴提起をした。よって、消滅時効は中断している。

六  答弁

再抗弁のうち原告がその主張の頃調停の申立てをしたことは認め、時効起算日は争う。原告は本件事故発生の昭和五六年三月一三日から取調べを受けて同年五月には取調べが終了していたので、その時が時効の起算日となる。

第三証拠関係《省略》

理由

一  原告が昭和五六年三月一三日午後零時五〇分頃保谷市泉町四丁目三番地先交差点で、自家用普通貨物自動車を運転進行中、右方向から進行してきた清水利恵運転の自転車と接触する本件事故を起こしたことは当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができる。

原告は、本件事故当時、自家用普通貨物自動車を運転して、本件事故が発生した交差点の手前で赤信号のため一時停止をした。その時交差点では道路工事で、大型堀削機が駐車していた。被告は、右工事のための道路警備を請負い、被告従業員岡田裕行を右業務に従事させていた。原告は、岡田が前進するように合図をしたので、発進し、毎時二〇キロメートル近くの速度で右大型堀削機の左側と右誘導員の右側との間を通り抜けようとした際、前方の横断歩道を右側から自転車に乗って進行してきた清水利恵に気付き、急停車をしたが間に合わず、自車の右サイドミラーが同女の顔に当たり、同女が転倒した。同女は右転倒により大腿部に切創を受け、救急車で病院に運ばれた。岡田は、原告車を誘導する際、大型堀削機の所在位置の中程に居て誘導していたため、同機の右側から交差点に通行してくる者の動向が見えないのに、左右の通行を確認しないまま原告車を誘導して、本件事故に至った。清水は二〇日余り入院した。

右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実に基づき考察すると、本件事故は、被告従業員が道路警備の業務執行中、交差点で駐車して作業中の大型堀削機があるため、左右の交通安全を十分確認できない位置で、赤信号で一時停止中の原告車を前進するように誘導した過失によって発生したものであるから、被告は、民法七一五条に従い、原告が受けた損害を賠償する義務があるといわねばならない。

三  原告の損害について検討するに

1  休業損害

《証拠省略》を総合すれば、原告は、本件事故当時、ガス管埋設工事を業務とする有限会社中村産業の下請けをしており、従業員四名程度を労務者として雇用していた。原告は自家用貨物自動車を持ち込みで仕事を請負い、一日一万二〇〇〇円ないし二万円の日当を受け、他の従業員は一人当り八〇〇〇円程度の日当を受けていた。原告は、本件事故後、被害者の清水を入院先に見舞に行き少なくとも四日、警察署及び検察庁の取調べのため各二日、計四日、聴聞会に呼出されて二日、以上合計一〇日仕事を休み、そのため日当を失ったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうしてみると、右認定によれば、原告は、右休業により最低一二万円(一万二〇〇〇円×一〇日)の休業損害を受けたことになるが、右休業の原因たる見舞、取調べの性質からいって丸一日休業する必然性がないというべきであるから、本件事故と因果関係がある休業損害としては各半日に相当する五日分の六万円をもって相当と認める。

原告はその余に従業員四名分の休業損害があったと主張するが、《証拠省略》によれば、中村産業では、原告が休業したときでも原告の従業員が働きに出れば、その分の日当を原告に渡して支払ったことが認められるので、原告の右主張は採用できない。

2  慰謝料

《証拠省略》を総合すれば、原告は、本件事故のため業務上過失傷害罪の被疑者として警察署及び検察庁の取調べを受け、昭和五六年七月一五日不起訴処分になったこと、原告がその間被疑者として不安定な精神状態にあったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

原告は、右の慰謝料として金五〇万円を求めるが、原告が不起訴処分になるまでの期間、前記警察署及び検察庁での取調べの回数、被侵害利益の態様、程度等を考慮すると、原告に対する慰謝料として金五万円をもって相当と認める。

四  そこで被告の過失相殺の抗弁についてみるに、前記二の認定事実に基づき考察すると、原告もまた、被告従業員の誘導があったとはいえ、右誘導員の位置関係からいって、誘導員の側を通り抜けると前方に横断歩道があって、当然左右から青信号のため通行人があることが予想されるから、徐行しながら左右の安全を確認すべきであるのに、漫然と前進した過失があったというべきであり、被告従業員と原告の各過失割合は七対三と認定するのが相当である。

そうしてみると、被告が原告に対し賠償すべき損害金は金七万七〇〇〇円(一一万円×〇・七)となる。

五  次に被告の時効消滅の抗弁についてみると、原告が昭和五九年六月八日頃武蔵野簡易裁判所に被告を相手方として損害賠償を求める調停の申立てをしたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すれば、原告は、自己に対する本件事故についての業務上過失傷害被疑事件が不起訴処分になったことを昭和五七年一一月頃検察庁に問合せて知り、原告訴訟代理人弁護士に相談して、被告に損害賠償責任があることを知り、右弁護士を通じて被告と交渉を始めたこと、しかし被告が応じないので、原告は、昭和五九年六月八日頃武蔵野簡易裁判所に調停を申立てたが、同年一二月一二日不調となったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうしてみると、右認定の事実に基づき考察すれば、原告は、自己に対する本件事故についての業過事件が不起訴処分になったことを知って、始めて被告従業員の誘導の誤りが本件事故の原因であり、自己がその被害者であることを知ったというべきであるから、被告に対する不法行為責任は、少なくとも右不起訴処分を知った昭和五六年一一月頃を経過した同年一二月一日から消滅時効が進行すると解すべきであり、したがって原告が被告に対して調停の申立てをした同五九年六月八日頃時効が中断し、更に調停不調となった同年一二月一二日の翌日から時効が更に進行するところ、本件記録によって本訴が提起されたのが同年同月二六日であることが明らかなので、消滅時効は完成していないといわねばならない。被告の消滅時効の抗弁は採用できない。

六  よって、原告の請求は、被告に対し前記認定の損害金七万七〇〇〇円及びこれに対する本件記録によって明らかな訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一月一五日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるから、これを認容し、その余は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上村多平)

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